2009年10月13日 (火)

スイス旅行記9

9月26日、今日は土曜日。今回のスイス旅行の最終日。飛行機はチューリッヒ発の夜便だから、たっぷり1日遊ばせてもらえる。

2連泊のウェンゲンを電車で出発。1駅でバスの乗換え、谷間を下るとやがてヴィルダースヴィルの駅に到着。ここで登山電車に乗り換えて、シーニゲプラッツという山に登る。このヴィルダースヴィル駅から普通の電車に乗れば、グリンデルワルトに行ける。こっちの方が良いが、ワガママできないのがパック旅行の悲しさなり。

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ウェンゲンから下る電車の車窓から見る、いかにもアルプスらしい谷間。

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ヴィルダースヴィル駅。おおきな看板やな~。ここで登山電車に乗り換え。

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あっと言う間に高度を上げて、廻りの山が目の下になっていく。

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この日もかすみが掛かって、見通しは良くない。オマケ午前中は逆光になる。手前の山が昨日ウェンゲンからロープウェィで上がったメンリッヒの頂上。かすんで見えるのがお馴染みになったアイガー・メンヒ・ユングフラウ。

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シーニゲプラッツでもお約束のハイキング。出だしは大きな岩峰を巻ながらの登り道。みんな大汗かいてしまった。

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やっと頂上部分。これからは下りながら景色を楽しめる。

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インターラーケンの町は目の下。

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頑張って、眼前の岩山にも登ってきました。(もちろん岩場には立派な階段が付いています)

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ヴェッターホルン遠景。頂上の左下部分が北壁です。

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シーニゲプラッツにて昼食。天気が良く、日差しが強烈で暑い。

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チャボアザミ..と言うらしい。この花は沢山咲いていた。

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はて何の花?ろりんどうという声も聞いたような気がすいるが、花音痴の私はわかりません。

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こりゃやっぱり松ぼっくりの1種なんでしょうね~。

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いよいよ山とお別れ、最後にもう一度ヴェッターホルンをパチリ。未練やの~。

という訳で全日程終わり。下山後バスで一路チューリッヒ空港へ向かったである。最後は文章が邪魔くさくなって、写真ばかりになってしまった。

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2009年10月 9日 (金)

スイス旅行記8

9月25日、昨夜の泊まりはユングフラウの麓に位置するウェンゲンという小さな町。何でもこの辺り屈指の高級リゾート地らしい。上下を断崖に挟まれた山の中間にある僅かな平地に開かれた町。バスでは道が無いようで、ツェルマットと同じように1つ手前の駅で電車に乗り換えて町に入る。電気自動車と電車しか走らない町で、確かに静かで美しい。

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ウェンゲンのメインストリート(と言っても1つしかまともな通りは無い)。背後にはユングフラウが聳える。

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今回泊まったホテル(2泊)。旅行中で一番良いホテルだった。白・赤2本空けた夕食のワインは、なかなかおいしかった

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いきなりロープウェイの乗って、町の裏側の山の上までひとっ飛び。

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ロープウェイの高度感にも慣れて、チビりそうになる事は無くなった....まだまだ登る。

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たどり着いたのはメンリッヒ。この日は少し雲があり、山々も霞が掛かったようでなかなかくっきり見えない。左からアイガー、メンヒ、ユングフラウ。写真でよく見る景色だ。

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メンリッヒから、クライネシャイデェックまで散歩。アルプスでも定番のハイキングコースで、だんだん近づくアイガー北壁を見ながら進む。季節柄高山植物は殆ど終わっているが、ガイドさんが色々名前を教えてくれる(みんな忘れたけど)。

左側に下ると、グリンデルワルト。今回は残念ながら訪れる機会が無かった。リーゾトのウェンゲンより、山屋の聖地であるグリンデルワルトに泊まりたかったな~というのが本音。ほんのすぐそこまで来ていたので、なおさらなり。

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クライネシャイデックで咲いていたエーデルワイス。もちろん自然に咲いているのさはなく、手入れをして咲かせている。今回エーデルワイスの種を持ち帰ったのだが、果たして日本で咲くのか?売店のお姉さんによると、一日冷凍庫に入れておいてから撒けば大丈夫との事。ほんまかいな~。まあ試してみよう(もちろん大阪では無くて、お知り合いの青森とか妙高とかでだけど)。

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クライネシャイデックからのアイガー北壁。流石にここから見るとデカイ。双眼鏡で捜すが、登攀者らしき影は見当たらず。

ここで昼飯の後、登山電車に乗ってユングフラウヨッホへ。

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北壁の登攀ルート。青い線のJapaner Derettissima 1969とあるのは、日本隊が登った直登ルートか?今井さんも居たんだか?

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登山電車の途中駅、アイガーバンド駅。ここで5分休憩して、窓越しにアイガー北壁を見るとこができる。しかし...さっきまで見上げていた北壁のど真ん中にトンネルを通して電車を走らせ、こんな展望場所まで作るのだから凄いの一言。

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ここはまだ北壁の下部だと思うが、それでも見下ろす高度感はものすごい。

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アイガーのど真ん中に停車中の登山電車。モデルは今回のガイドさん。

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次の停車駅は、北壁を通り過ぎて東面を見渡すアイスメール駅。ここでも5分間停車。氷河が間近に迫っている。

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既に3160m。終点のユングフラウヨッホは3777mだったはずだから、まだまだ登らないと。

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到着したユングフラウヨッホからお隣メンヒ(4107m)を望む。

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反対側はユングフラウ(4158m)。モンブランのようにゾロゾロ登っているという雰囲気は無く、人影は見えない。下の方で遊んでいる人はいるが。

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何という鳥だろう。カラスみたいだが、クチバシだけが黄色い。えらく人に懐いていて、直接手からエサを食べる。

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展望台はこんな雰囲気

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おっと、内部にはこんなもんが..ここで投函したハガキは後日ちゃんと日本に届いた。このユングフラウヨッホの消印を押してくれるそうで、結構人気があるそうだ。

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内部には、氷河をくり抜いたトンネルがある。床も壁も天井も、きれ~な透明の氷。なぜか床面はあまり滑らない。

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そして中には色々はオブジェが。なかなk楽しめるようになっている。

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また外に出ることもできるようになっている。結構平たいので、一般人でも雪上散歩ができるし、少し行くとスキーもできる。

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頂上部に見えているのが、先程の展望台。この山の中にトンネルを掘って、あれだけの設備を入れている。

さあ集合時間も近い、帰ろう。

帰りは同じ登山電車でクライネシャイデックまで降り、電車を乗り換えてグリンデルワルトとは反対側のウェンゲン方面に下っていく。この夜もウェンゲンで連泊。

夕食後同行のY3と町に繰り出してバーで一杯。店の客と少し盛り上がったが、画像は無い。

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2009年10月 8日 (木)

スイス旅行記7

9月24日朝ジュネーブ市街、と言ってもホテルの廻りを少し散歩。スイス時間は、朝夜明けが遅くて困る。サマータイムでもやっているのか?6時半になってもまだ暗いので、7時朝食開始では殆ど朝の散歩時間がとれない。

いつものように8時半頃ホテルを出発、まずはシャモニーに向かう。ジュネーブ市街を走り抜け、ちょっと郊外に差し掛かったと思ったら、もうそこはフランスとの国境。峠でもないし、トンネルでも橋でもない。単に普通の道に国境検問所のような建物があるだけ。バスはあっさりそこを素通りし、もちろん新品のパスポートにハンコも押してくれない。

やがて前方に高峰を見るようになり、バスはその谷間に入っていくと、昔山岳写真集で見たシャモニーの岩峰群が迫ってくる。バスの運転手さんの名前が「ガストン」さんと言う。そう、古い山屋ならお馴染みの、あのガストンレビューファと同じ名前です。目の前は、そのガストンレビューファさんが登っていたシャモニーの岩山で、「昼間でも☆が見える」ような青空。(なんでもこんな青空を、最近ではY色の空と言うそうな?)

シャモニの町から、ロープウェイを2本乗り継いで、一気に3842mのエギュー・デュ・mディ(Aiguille du Midi)展望台に駆け上がる。さすがに富士山より高い所に一気に上がると、空気が薄い。なにやら昨日事故があって、一番てっぺんの展望台はクローズだそうだが、他に3個所展望台があるので、眺望を楽しむには不自由しない。

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シャモニの町から見る、1本目のロープウェィ

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乗り継ぎ駅から見る2本目のロープウェィ。頂上まで一直線で一気に上がる。

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ロープウェィのすれ違い。

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もうすぐ到着頂上直下。それにしても、一番下の登山者、ちょっとヘッピリ腰ですね。写真から分かるように、ここをスキーで滑る強者もいます。このちょっと下は、スパッと千m程切れ落ちています。(2枚前の写真)

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展望台の中にある、このトンネルを通って上の写真の雪陵に出ます。実際にはあまり傾斜も無く、技術的には簡単そうなルートです。

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いきなり展望台横の岩峰に登攀者がいる。よく見ると、手前のルートに鉄棒が打ち付けられ、上までであればそんなに難しくはなさそう。

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実際はこんな場所です。(看板)

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実写はこれ。看板よりも、山はよく見える。

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展望はこんな感じです。 シャモニ針峰群という奴ですね。

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少し右に目を転じれば。素晴らしいですね~。

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遠景を目一杯ズムで引っ張りました。遠く右肩に見えてるのはマッターホルンのようです。

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反対側の展望台に出てみると、眼前にモンブランがドンと控えています。中央の白い山ですね。

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これが看板。当たり前ですが同じようなアングルです。

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ズームで引っ張ると。元画像では、拡大するとアチコチに登山者がいて、ルートも良く分かるのですが、この縮小版では見えないかな?

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シャモニ側の展望台から町を見下ろす。いや~凄い場所にいるんですね。

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オマケに氷河沿いに谷を見下ろした図。思わずチビりそうです。

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最後はのどかなシャモニの町です。写真右側2件目のレストランで昼食をとりました。

シャモニの山々を満喫した後は、そのままシャモニの谷を詰めて、小さな峠を超えると再びスイスに入りますが、ここは幹線道路ではないので、国境には何もなし。通り過ぎるだけ。ぐるっと廻って、昨日通過したモントルーの町に戻り、しばし昨日のレマン湖コースを辿ってから、ベルン→インターラーケンへと進む。

インターラーケンは文字通り湖に挟まれた山間の静かな観光都市で、ここで買い物&夕食(久々に中華料理で米を食べる)。夕食後山に向かって入っていくが、目的地のウェンゲンも自動車は入る事ができないとの事で、一駅手前から電車で町に入る。その日は惜しくなったので、町の散策もせずお休み。恒例の夕食後のバー行きも無し。忙しい一日だった。明日はアイガーに対面なのだ。

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2009年10月 6日 (火)

スイス旅行記6

9月23日、朝食後ツェルマットから1駅電車に乗ってさようなら。この日も快晴でマッターホルンが見送ってくれた。観光バスに乗換て、一路西へ。レマン湖の東岸、モントレーにて予定外のシヨン(Chillon)城見物。半分湖の中に建てられたようにみえる、小さいけれど美しい城。

湖畔のレストランで朝食の後、レマン湖の北川(スイス側)を通り、ローザンヌ方面へ。途中ネスレ(Nestle)の建物発見。ガイドさん曰く、これが本社だとか。ほんまかいな?と帰って調べたが、やはり本当だった。世界的な大企業の本社にしては、えらい田舎にあるな~というのが感想。なんでもかんでも本社を首都に持っていかないと気が済まない、半先進国の某国とはえらい違いだ。そう言えばこのネスレ、日本での本社も神戸だった。

お次の目的地は、最近世界遺産に登録され、先日NHKでも放映されていた、レマン湖畔ラヴォ-地区のぶどう畑の段々畑。しばしぶどう畑の中を、チャップリンのなんやらかんやらという村まで散策。天気も良くなかなか気持の良い散歩だった。

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その後訪れたワイン醸造所で試飲会。たっぷり飲んで白赤各1本を購入。@15フラン(¥1350)なら安いわな~。ワンちゃんも販売にご協力?

この日の泊まりは、レマン湖西端のジュネーブ。駅近くのちょっとボロ宿(ガイドさん曰く)。そんなにひどくは無かったが、夕食は不味かった。

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ジュネーブ名物の噴水。

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朝のジュネーブ市街散歩。町中はトロリーバスが走っています。

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スイス旅行記5

9月22日、前日夕方到着したツェルマット駅近くのホテル宿泊。時差のせいで朝早く目覚めて星空を確認。良い天気になりそう。夜明け前に起きだし、朝焼けのマッターホルンのビューポイントなる橋の上に向かう。まだ薄暗い中、既に人が集まり始めている。

P1000215 まだ廻りは真っ暗ですが、マッターホルンだけがぼんやり浮かんできた。

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やっと明るくなり始めました。

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太陽が当たってきました。

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すっかり明るくなりました。さあ宿へ帰って朝飯だ。

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橋の上の見物人。殆どが日本人だったような気がする...

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実はホテルの部屋からも見えるんです。これは翌朝の写真。この日の方が、朝焼けの色づきは良かった。

朝飯の後、早速登山電車に乗って、ゴルナグラート展望台(3131m)へ。一気の登るので、ちょっと空気が薄いのを実感。天気は快晴、360度の展望が素晴らしい。

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ゴルナグラートの頂上です。ここで宿泊もできるとか。へ~さん、ここから望遠鏡で覗けば、ええ☆が見えるでしょうね~。

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左奥の山が、この辺りでの最高峰であるモンテローザ(4634m)。右側の大きな山は、ブライトホルン(4164m)というそうです。

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展望台を後にし、登山電車を1駅下った所から下に向かってハイキング開始。1駅分歩いて下るのですが、途中には有名な逆さマッターホルンポントがあります。なかなかこれば見える時は少ないそうです。(晴れていても風があるとダメ)

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振り返れば、遙か遠くに数日後に訪れるユングフラウが見えています。(右側の白い山?)

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ハイキングコースの終点(途中)にあるロッジで昼飯。ビールが美味い。いや~極楽ですな~。

山から下った後は、空き時間があったのでツェルマットの町をぶらぶら散策&買い物。天気も良く、のんびりと休日を楽しむ。後で考えると、今回の旅程中、この時が唯一ゆっくりできるフリータイムだった。次回はもちょいゆっくり過ごしたいな~。

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2009年10月 2日 (金)

氷河特急スイス旅行記4

9月21日、この日は朝から氷河特急に乗る為にサンモリッツ駅へ。展望車両は快適だが、日差しがモロに降り注ぐので、廻りの人に迷惑にならないよう、車内でも帽子を被るように。

サンモリッツを出てしばらくすると本流を離れて支流に入り、長いトンネルを抜けて反対の谷に出る。後で書こうかと思ったが、昨日のユリア峠、またこのトンネルはヨーロッパの大分水嶺になっている。サンモリッツを流れるイン川は、ドナウ川と合流して遙か黒海に流れ込み、こちら側の水はライン川となってドイツを貫き北海に至る。

ドナウからラインへ....と考えると、実は私はワクワクする。人間の性癖・嗜好とはおかしなもので、こういう事にはワクワクする癖に、例えばこのトンネルを抜けた先にある観光名所のランドバッサー橋にはあまり興味が湧かない。正確に言うと、凄い橋を造ったな~とは思うが、他の車内の皆様のようにカメラアングルを求めて車内を走り回るような事はしない。写真撮る位なら、しっかり自分の目で見ておく派だ。

先にも書いたが、どうやら私は少数派変人の部類に入るようだ。それでも今回は頑張って写真をいっぱい撮ったぞ。

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カーブの所で、自分の列車を入れて撮るアングルが良いらしい。これはサンモリッツを出て、トンネルに入るまでの車窓かな?

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展望車の様子です。カメラで外を撮るより、カメラを持てt写真を撮る人を撮す方が面白い。

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展望列車です。文字通り展望が良い。

前日バスで走った渓谷沿いの道を電車で下り、一旦クール駅に入る。そこで進行方向を変える為、機関車を最前列から最後尾(今度はこっちが最前列になる)に入れ換える。なかなか珍しい光景だ。

クールから方向を変えて元来た道を引き返し、途中から先程の道と別れてライン川の渓谷沿いに進む。次第に高度を上げて、山が迫ってきたと思うと、途中の停車駅(デセンティス)で機関車を交換するという。どうやらこれから先は急な坂道登坂になるので、今までの機関車では登れないようだ。これもまた面白い。

ここから電車でオーバーアルプ峠(2033m)を超える。上の写真は、峠付近にある湖の横を通っている時のもの。ここから列車は目の下のアンデルマット駅まで、信じられないような急勾配の山道を車のようにヘアピンカーブ?を辿って下っていく。こりゃ、レールの真ん中にギヤの付いたタイプの鉄道でないと上り下りはできないだろう、納得。

アンデルマットにてバスに乗換し、フルカ峠を目指す。別に氷河特急に乗ったままでもこのフルカ峠を貫くトンネルによって同じ所に行くのが、絶景のフルカ峠を見せてやろうという観光親心と、このまま電車で行くには時間が掛かりすぎて、バスの方が早いという事もあるのだろう。

フルカ峠(2436m)。日本にあるような曲がりくねった峠道で、大型観光バスでは如何にも苦しそう。運転手さん、ええウデしてるので、何気なく進んでいくが、前から車が来るとカーブが曲がりきれない。そこどけそこどけ、バスが通る。

何気なく峠を超えた先に、観光名所のローヌ氷河がある。ここではお金を払って氷河の中をくり抜いたトンネルに入ったり、氷河の上を歩くことができる。氷河を歩くのは随分久しぶりだ~。

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さらに分水嶺ネタ。このフルカ峠、これも先程のライン川と、今度は地中海へ注ぐフランスの大河であるローヌ川の分水嶺になっている。あっちの水は北海へ、こっちの水は地中海である。しかもこのローヌ氷河は、名前からもローヌ川の源流のようだ。

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この日の夕方、目的地であるツェルマットに到着。ここは電気自動車しか入ることのできない町とかで、1駅手前でバスを降りて、電車でツェルマット駅へ移動。車窓からマッターホルンがチラリと見えた。おおお~~。

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2009年10月 1日 (木)

スイス旅行記3

9月20日、マインフェルト散策の後、午後さらにバスで南下。しばらくハイウェーの後山道に入り、Julierpass(ユリア峠2284m)を越えてサンモリッツに入る。この峠は、文字通り昔ローマ兵も越えたとか。

まずはサンモリッツは素通りして、Diavorezza展望台へ向かう。ベルニナ鉄道の駅でバスからケーブルカーに乗換、一気に展望台(2978m)まで登る。少し雲があるものの、展望は申し分無し。出発前にチェックしたスイスの天気予報では、連日の雨予報だったが、これなら申し分無し。眼前のベルニナ山群が美しい。アラスカ・ナベスナ氷河のように幅50kmとはいかないが、P1000129目の前(目の下)の氷河が美しい。

最高峰は右側のピッツベルニナ(4049m)P1000128

泊まりはサンモリッツ湖に近い大きめのホテル。サンモリッツは思ったよりコンパクトで静かな町だった。スイスでも高級リゾート都市らしいが、シーズンオフだし、日曜でお店が閉まっていたせいかな?

P1000151 朝のサンモリッツ湖

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食事の後で、町で唯一開いていた、ホテル近くのバーに繰り出す。お姉さんがビールをグラスに注いでくれるのだがこれが面白かった。えい、とビール瓶をひっくり返し、長~いグラスにすっぽりとビール瓶を突っ込む。初めて見た方法だ。(写真では明るいけど、実際は結構暗がりです)

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スイス旅行記2

9月20日、チューリッヒからバスで西に向かう。2つの湖をやり過ごし、南西方向に向きを転じるともうそこは第一目的地の「マインフェルト」。

ここは「アルプスの少女ハイジの里」として売り出しているそうで、原作者がこの町で構想を練ったとかどうとか。ツアーご一行で散策を楽しむ。調度この辺り...

http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&hq=&hnear=%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9&gl=jp&ei=Ry7ESt26J5bM6wOXhpXRDQ&t=h&layer=x&g=%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%80%80%E5%9C%B0%E5%9B%B3&sll=46.818188,8.227512&sspn=1.972486,4.0979&ll=47.015229,9.537034&spn=0.018551,0.027723&z=15

P1000104

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地図を見てみると、この辺り実はリヒテンシュタインとの境目近く。うーーーん、この次ぎ行くときは、アンテナもってローラーするか?HB9、HB0、OE、3ポイントは無理か?

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スイス旅行記

私は車窓とか飛行機の窓から外の景色を見るのが好きだ。特に自然の風物、とりわけ地形の妙には驚かされる。

9月19日関空発、ソウルで乗り換えて、大韓航空にて次の経由地であるオーストリアのウィーンに向かう。実は北回りで昼間に大陸の上を飛ぶのは初めての経験である。むかしヨーロッパ路線というと、アンカレッジ経由であったり、夜中に飛ぶ飛行機に乗った記憶はあるが、モンゴルやシベリア上空の景色は未体験。今回は運良く窓際の席を指定され、しかも航路中殆ど晴れいう幸運に恵まれた。

初めて見る景色に心躍らされたが、とりわけ写真の景色には深く感銘を受けて、思わずカメラを取り出した。場所ははっきり特定できないが、イルク-ツクを過ぎて、オムスク北東辺りのオビ川流域だったと記憶している。この他にも、黄土色が続くゴビ砂漠、延々と湖沼が連なる湿地帯、薄い緑のステップ....どれを取っても島国からの客には物珍しい物ばかりだった。

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飛行機に乗っても、早々に窓のシャッターを降ろしてしまい、このような絶景に見向きもしない人がいるが...(と言うより、殆どの人がそうであるようだが)、私からすると信じられない。こんな絶景を見過ごして、何時でも楽しめる映画鑑賞や読書に興じている。

まあ数からすると、私の方が圧倒的に「変人」になるのかもしれない。

ウィーンにて一服、そのあと同便にてスイスのチューリッヒに到着。ずっと太陽を追いかけてきたが、やっと追い越されてしまい暗くなってしまった。チューリッヒにて1泊。

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2009年9月29日 (火)

スイス旅行

スイス旅行から無事帰ってきました。天候に恵まれて、目的の山々をしっかり目に焼き付ける事ができました。急遽衝動買いしたカメラですが、ちゃんと写っているかな?時間ができたらおいおいここにも置くことにします。

温泉は...全然入りませんでした。有名なバーデンは高速道路で通り過ぎただけ。

まだちょと時差ぼけで朝が眠いし、サボった分の仕事片付けが残っている。頑張って仕事しようかぁ。

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2009年1月14日 (水)

ネパールの写真-2

_01 如何にもネパールらしい、エベレストビール。

_01_3 いざ遊覧飛行に出発。しかし名前がな~...仏陀エアライン

行きは人間、帰りは仏さんではシャレにならん。

_01_4 国内線にはX線装置は無いので、全て人力チェック。しかしこの飛行機乗っ取っても、国外まで飛べそうもないぞ。

_04 山の写真もたくさん撮っているけど、やはり飛行機からの物が一番迫力がある。

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_04_2ポカラ郊外の、のんびりした風景。これもネパール。

Photoおまけです。タイ・バンコクでは、マクドの人形も合掌してる...

056 もっとおまけの絵手紙

057 058 059 060 061 062

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ネパールの写真

_10 同行のJA5RWYさんから写真が届いた。いっぱい有りすぎるにので、ちょこっとだけ出します。

_36

_06 寺院の写真は多すぎて、以下省略。逆に言うと、ネパールには山と寺院くらいしか観光資源がないとも言える。

_43 でも私はこういう雑踏も嫌いではない。

_02 こういう観光地(ポカラ)の通りを散策するのも悪くない。

_02_2 いや、賑やかに並べてる。夜には全部片づけるのだろうか。要らぬ心配をしてしまう。

_05 もうひとつ土産屋さん

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2009年1月 6日 (火)

ネパール旅行

世の中の不景気風に背をむけて、年末年始の休みを利用して、ネパールに行ってきました。昨年の雲南省に引き続いての秘境シリーズ。と言っても、旅行会社のパック旅行に乗っかるだけなので、楽チンお手軽旅行です。

冥土の土産に、登ることは叶わぬまでも、一目でも眺めておきたいというのが動機ですが、幸いにしてまずまずの天気にも恵まれ、目的を果たして帰ってきました。

Dscf1487_2 カトマンズ郊外のナガルコットから。

この日は水蒸気も多くぼやけ気味ながらも、パノラマを堪能で きました。

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ポカラの展望台、サランコットから見るマチャプチュレとアンナプルナⅢ

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ポカラのホテルから望むアンナプルナ南峰及びⅠ峰(どれや?)

この日が一番天気が良かった。

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遊覧飛行の操縦席から見る。

画面中央、運ちゃんの頭右上に見える小さな黒い部分(雲の中)がエベレストです。流石に一段高い。

Dscf1502

ついでに、可愛い女の子。

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猫と少女

同行のJA5RWYが撮影班なので、作品をゲットしたらここに出します。

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2008年10月24日 (金)

スリランカ写真

カメラ持っていったのに、写真は南部に1泊したホテルの朝だけ。この写真だと誤解されそうだけど、決して遊びに行った訳ではありません。

Photo 部屋の窓からパチリ。昨夜はプールで何人か泳いでいる人が何人もいた。私は泊まっただけ~

Photo_2

泊まった部屋は、2階(実は3階)の左から4部屋目のカーテンが開いているところ。

Photo_3

レストラン前からインド洋を望む。あの向こうはアフリカ?

釣り船も手漕ぎです。

Photo_4

いや~、リゾートですな~。夕方着・朝出発ではもったいない。

Photo_5

色々面倒見てくれたDaniel君。聞けば息子より少し若い...ドイツ人ですが小柄です。

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2008年4月24日 (木)

青島

なう中国の青島。天気は良いが大阪より少しひんやりしている。今日も展示会場に行って、夕方の便で杭州へ。会社の同行達は、今日は観光だが、私はやり残しもあるしもう1周展示会場を回ってこよう。

毎日飲み続けなので、ちょっと疲れてくる。

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2008年1月18日 (金)

なう

上海浦東空港

おお、ワイヤレスが使い放題。確か出国鉄ぢきをした後の待合室では不可だったと記憶しているが、出国前のチェックインエリアではOKなのだ。こりゃ出国手続きが遅れて遅刻しそうだ...(゚゜)バキッ ☆\(--;)

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2008年1月17日 (木)

中国

今は中国江蘇州昆山市。昨日までは浙江省杭州市にいたが、時間が無かったのでここもアクセスできず。今日は久々に夕食が早く終わり、部屋でゆっくりしている。

今朝は思いがけず雪、道路にもうっすらと積もり始め、車がちゃんと走るかどうかちょっと冷や冷やした。杭州から昆山までバスで2時間半程の度。明日はここから上海の浦東空港まで車でいくよう予約済み。今回もなんとか無事帰られるかな?

それにしてもこっちは寒い。会社で打合せするにも、マフラーを巻いて防寒具を着込んで出てくる。気温はそれ程低い訳ではないが、やはり暖房が無いとジワジワ効いてくる。ホテルのこの部屋も結構寒い。エアコンも強だが、セーターを着込んでいる。いや~冬の中国なんて来るもんじゃない。今年の4月に出直しじゃぁぁぁl。

明日夕方日本に帰ります.....

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2008年1月11日 (金)

雲南省昆明

雲南省の省都、混迷...じゃなく昆明。辺境の地とは思えない位都会だ。で、中国の都会と言えばどっこも一緒。まず空気が汚い。どんよりしたスモッグ(もう日本では死語か?)に覆われている感じ。こんな所には住みたくないな~。人口は市街地でも百数十万、周辺部併せて数百万とか言っていたので、まあ大阪エリアよりはちょいと小さいという程度かな。

近年関空-昆明の直行便ができて、今回も直行便の利用...という文句にダマされた。まあ確かに飛行機の機体と便名は一緒だが、往復共に上海でワンストップ。おまけに関空-上海は国際線だけど、上海-昆明は国内線だと。なんじゃそれは???入国(出国)審査は上海で行うので、国際線で下りて、端っこで入国審査をするとすぐにトイレ横の変なドアから国内線側にワープ。そりゃややこしい、ややこしい。添乗員嬢も始めての経験と見えて、右往左往している。後で分かったところでは、10月以降の冬ダイヤだとか。ほんまに中国東方航空なんてええ加減な会社やなぁ。

実はこの航空会社、もう一つやってくれた。麗江から昆明に帰る飛行機便が、当日になって突然キャンセルに。添乗員嬢によると、いくら問いただしても理由があやふや。多分予約のお客さん数が少ないので、勝手にキャンセルしたのでは?との事。まま良くある事だとか。JA系では考えられない....

と言いながら、来週の中国出張での帰り便では、今回帰った同じ便に乗る事になってしまった。この便はANAとMU(中国東方航空)の共同運行になっているからな~。サービス悪も悪いし、仕事の時くらい中国系の飛行機には乗りたくないぞ...というのが本音。

Photo_2 で、、まあ、肝心の昆明での観光。1日まるまる時間があったので、2箇所廻った。午前は西山にある龍門石窟。石灰岩の崖に穿たれた道を通って龍門なる場所へ。

すぱっと切れ落ちる断崖を覗き込むと、崩れる事は無いのか?とちょっと気持悪い。、彫られた仏像(道教のものは、そうは言わないか!)等には感銘はないが、よくぞこの断崖を掘り進んだな~と感心する。

帰りに「華亭禅寺」なる寺に参拝。寺自身はキンキラキンで日本人の感性にはそぐわないかもしれないが、それなりに立派な物。ちょっと面白かったのは、寺の付属のなっている土産物屋さん。主に書画が多く展示即売している。

その中に気になる版画が1枚。雲南省では版画が名物?、書画は偽物が多いけど、版画はお買い得...と現地ガイドにあらかじめ吹き込まれていた訳ではないが、なかなか見事な版画が並んでいた。気になったのはその中の1枚、棚田を描いたもの。遠目には写真かと見間違う程写実的に見えるものが、近づいて良くみると結構表面が粗い、いかにも版画。へ~..大したもんだ、と見ていると、ご多分にもれず売り子氏が近づいてきて、色々と講釈を並べて、値段も引きながら責め立ててくる。ちょっとぐらっと来かかったが、よく考えると買っても我が家には飾る場所が無い。

同行のツアーご一同、何か買った人も、買わなかった人もそれぞれに楽しんで、さあ帰りましょうか、という段になって、同行の夫婦がとうとうその版画を買ってしまった。聞くと最終的には¥6万まで下げきたそうだ。6万なら買っても良かったかな?と一瞬思ったが...買われて空白になった壁に、次ぎに何が飾られるのだろう?まさか同じ版画が次のカモを狙って...と想像すると、まあ控えておいて良かったかな?売り子氏の言うように、そんなに良いもので日本では15万~20万で売れるのなら、そっちで売れば良いのに。でも素人目にはなかかなの力作に見える。まあ我が家に適当なスペースがあれば、買っても良かったか。

もう一箇所引き回されたのが、これも世界遺産に登録されているという石林。なるほど、石灰岩が浸食されて、まるでイースター島のモアイ像のように並んでいる奇観だ。なかなか凄い..とは思うが、観光地化されてしまっており、個人的には特に感慨は無い。色々見飽きた末の最後の場所だったからかな?最初に来てきてみればもっと感激したかもしれない。それはしれで凄い場所なんだから。

という事で、雲南省はおしまい。さあ明日は年に1度の寒ブリだぁ。

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2008年1月10日 (木)

雲南省玉龍雪山

Photo_4 麗江の町から見る玉龍雪山

主峰は5596m、地球上で最も低緯度にある氷河だとか。ガイドの話では未だに未踏峰だとか。話しによると岩が脆くて登れないそうだ。確かに岩登りは手強そうだが、遠くから見た感じではルートは有りそうに感じる。神聖なる山で登山許可が出ないのかも。

Photo_5 翌日は玉龍雪山観光。上の写真から見ると、右側を回り込んで反対側からのアプローチ。

拠点まで観光バス、そこから専用バスに乗り換えてロープウェー乗り場まで。当初計画のロープウェーが工事で休止中とかで、もう一つ別のロープウェーに変更。

Photo_7 乗り場で既に3000mを越え、終点では3700mちょい。富士山に相当する高さだ。携帯用酸素ボンベを購入する人数人。確かに動くと少々息苦しい。

それにしても背景の山々は美しい。気温はそれ程でも無いが、風が吹くと流石に寒く感じる。

Photo_8 チベット寺院を前景に。主峰から大分外れた山々だけど、ドロミテ風でなかなか良い。

結局このチベット寺院が今回の最高到達点。

この玉龍雪山の反対側は、かの揚子江(中国では長江)上流部。チベットを源とし、北から南方向へ流れてきた河が、この玉龍雪山にぶち当たるようにここで大きく流れを変えて、今度は北上しているらしい。玉龍雪山から長江上流の流れまで、一気に崩れ落ちるような崖になっているらしい。イヤ~..地形好きの私としては、そっちの方に興味を引かれる。またその界隈、世界的な大河の上流部が3本も並行に走っている箇所があり、それも世界遺産になっているとか。長江、メコン、サルウィン、ええな~。また機会があれば、そっちも行ってみたいが、他にも行きたいところ一杯なので、順番が廻ってくるがどうか?

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雲南省麗江古城

Photo 世界遺産に登録されているという麗江古城。まあ言ってみれば飛騨高山や妻籠の、両側に土産物屋が並んだ古い町並みが面に拡がっているというところか?道に迷いそうな位細い路地が入り組んでいる。ここは入口。碑は江沢民書。

Photo_2 良く見る風景、私もパチリ。

中に入るのも良いが、屋根の並びも確かになかなかええな~。

Photo_3 同じ場所からちょっと左に目を転じれば、眼前には玉龍雪山が...見事だな~。雲一つ無し。

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2008年1月 8日 (火)

雲南省大理

Photo 民族衣装で踊る娘達

Photo_2 微妙に傾いているのがいとおかし。左側だけでなく、中央も2°傾いているそうだ。地震で傾いたらしい。お~こわ!

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China Express

う~んんんんn....

昨夜から体調悪いと思ったら、今朝から超特急の下痢だぁ。お尻から小便するみたいに、もう何回座り込んだだろう...(゚゜)バキッ ☆\(--;)

Made in Chinaが出て来たのか、Japan製なのか、昨日たらふく喰った焼きサバのせいか?力が出ないので、仕事も半分くらいしか進まず。まあ大した仕事している訳じゃないからええか...(゚゜)バキッ ☆\(--;)

明日は良くなって欲しいぞぉ。

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2008年1月 7日 (月)

雲南省

中国・雲南省の観光旅行に行ってきました。

雲南省って、ラオスやベトナム、ミャンマーと国境を接するというイメージから、随分南にあると思っていたけど、地図で見ると台湾と同じような緯度になる。という事は沖縄の先島諸島とあまり変わらないという事か。まあ雲南省と言ってもデカイから、一概には言えないんだけど。その代わり随分西にあるんだ。飛行機は上海経由だったけど、省都の昆明と上海間は、ほぼ東西と言ってよい角度で飛んでいく。大阪-上海より、上海-昆明の方が遠いんだ。当たり前だけど中国はデカイな~。

今回は完全なパック旅行。雲南省と言っても広いし見所も沢山あるようで、その中でも比較的一般的な所を網羅した、初心者向け雲南省といったところか。昆明-大理-麗江-(玉龍雪山)-昆明-石林。しかし天気が良く、滞在中は殆ど雲という物を見た記憶が無い。標高が高いので紫外線が強いとみえて、私はもう雪目寸前、未だに目がチカチカして困っている。

さて2008年もスタートした。今年も遊び回るぞ~。

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2008年1月 1日 (火)

正月旅行

2008年になりました。最近新しい年を迎えた感慨が、段々薄くなってきたような気がする。感受性が落ちてきているのか?いかん、いかん

今日から中国の雲南省へ出発。以前はこんあ辺鄙な所へ行くなんて考えも及ばなかったけど、今は団体旅行に参加すれば何の準備も無くお手軽にひとっ飛び。えらい世の中になったもんだ。

少し寒いかもしれないが、ちょっくら行ってきます。

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2007年12月12日 (水)

韓国

海に近い仁川とはいえ、今年は暖かい。氷も張ってない。

ただそんだけ....

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2007年9月 5日 (水)

1977年

1976年は数度の出張がある程度で、とりたてて言うような旅行は無かったが、1977年には初めてヨーロッパへ渡った。

1977年4月22日出国、5月11日入国になっているが、この旅行はまだ新婚1年ちょいと言う事で、新婚旅行のやり直しみたいな物。この頃の会社は太っ腹だったんだ~、全部会社の経費で行かせてくれた。経費節約の為?大韓航空でソウルにてトランジット。ロシア上空は飛べないので、アンカレッジで給油(その方が懐かしい景色が見られてありがたい)。フランスは花のパリ(多分ドゴール空港)にて乗り換えて、ドイツのハノーバーへ降り立った。そう、ハノバーメッセ見学に行ったんです。ところがいくら待ってもハノーバー空港で荷物が出てこない。どうやらパリで置き去りにされたらしい。聞くと、いや~大寒航空はよくあるんですよ...(-_-メ。 まあ今はそんな事も無いのでしょうが。ハノーバーでは民宿泊まりで、2・3日メッセを見、それからドイツ国内の会社訪問の旅に出た。

ハノーバーから一旦飛行機でフランクフルトまで飛び、そこでレンタカーを借りて自分で運転する。確かワーゲンポロという一番安い奴を借りた。展示会に出展していた会社を含めて4社ほど訪問したが、全てドイツ南部のバイエルン地方にあったので、観光も織り交ぜながらの楽しいドイツ旅行となった。多分30年経った今でも状況は変わらないと思うが、ドイツでの車の運転は非常に楽だ。他の国で運転した経験は、せいぜいアラスカ程度だけれども、左ハンドルの右側通行という点を除けば、何の心配も無く運転でくきる。標識はドイツ語で書かれているのだ、まあ地名を書いているだけなのでそう不便はない。この標識というのが実に良く出来ていて、目的地の地名に従って行けば間違いなく連れていってくれる。どこぞの国の標識みたいに、一旦出てきた標識に従って走っているのに、2度とその地名が出てこないなどという事は無かった。ただアウトバーンを走るときは、特に上り坂ではアクセルベタ踏みでも横をポルシェやベンツがガンガン追い越していく。ここでは、車のスピードは、運転手によって決まるのでは無く、乗っている車で決まるようだ。あの当時はオイルショックの後だから、いかにアウトバーンでも速度制限はあったと思うが、どうみてもあれは200km/h位出てるんじゃないかと思われた。

自分で運転しながら巡るバイエル地方は本当に楽しい。おまけに訪問する会社が有名は大学の町ハイデルベルグにあったり、展示会で見つけた会社なんぞは、フェーデルバッハなる田舎にあって、石の杯で飲む地ビールの美味い事、仕事に行ったやらそうで無いやら...。

結局は、昨今は日本から観光客が押し寄せているロマンチック街道なるものを、ローテンブルグからミュンヘン、さらにはガルミッシュパルテンキルヘンまで南下して、ドイツ最高峰のツークシュピッツェに登山電車で登ってきた。大きな都市以外では、ホテルに泊まる必要は無い。毎度宇沿いの民宿と言っても良いような、街道の小さなホテルに泊まれば十分だ。清潔で、居心地が良く、親切。

時間とお金があるから、何処へ行きたい...と聞かれれば、このドイツ南部がまず筆頭に思い浮かぶ。ここなら今でも自分で車を運転しながらローラー旅が出来そうな気がする。

さてさて考えてみると、今まで出張やパック旅行で海外に行った事は数え切れないくらいあるが、今まで書いたような印象に残る旅はこれ以降経験していないな~。まあ子供ができたという事が一番大きな理由だろうけど、その子供達も大きくなった今、この頃に負けないような旅を経験してみたいもんだ。先はもう残りすくないぞ...と思う今日この頃。

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2007年9月 4日 (火)

1975年

1975年のパスポートを見ていて気が付いた。このアラスカ行きの直前、5月30日出発で、6月12日帰国でもう一度アメリカに行っている。そう言えば思い出した。技術提携の話しか何かでどうしても行く必要があったんだろうけど、当時真剣にアメリカからアラスカのアンカレッジ現地合流を検討した事があった。装備等の関係で当然無理だったんだけど。

で...イベントとは実はアラスカ登山では無く、帰ってきたその年の12月に結婚式を挙げてしまったのだ。この年にて自由気儘な生活にはおさらば...しかし、結婚後もあまり変わっていないという話しもない事はない...(゚゜)バキッ ☆\(--;)

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1975年

この1975年にはもう一つイベントがあった...

これもパスポートに日時を見ると、1975年7月25日出発で、8月19日帰国となっているが、アラスカに山登りに出かけた。私の生涯で、たった1度の海外遠征登山だ。アラスカ南東部のランゲル山群にある、リーガル峰(Mt.Regal)4212m。同志社大学山岳部によって初登頂されたこの山は、特に技術的に難しい所ではないが、同志社とは別ルートで、ナベスナ氷河という巨大な氷河から取り付いた。

最寄りの小さな飛行場から6人乗りの飛行機で一旦中継地まで飛び、そこから2人乗りの小さな飛行機に乗り込んで氷河末端のモレーンの上に降ろしてもらう。もちろん滑走路がある訳ではなく、この運ちゃんをブッシュパイロットと呼ぶそうだ。そこから氷河沿いに丸2日歩いてやっと取り付き点のベースキャンプに入る。ヒマラヤのようにポーターがいる訳ではないんので、荷物は全部自分達が担ぎ、道や地図がある訳ではないので、自分達でルートを捜す。(当たり前ですが...)

この辺りはなにしろグリズリーの多いところ。念の為にライフルは1丁持っているが、実際に出くわしたら逃げるしかない。幸い足跡やフン以外にはクマさんに出くわす事もなく、無事通過できたば、今思っても楽しいキャラバンだった。

登山自身はそれほど難しくは無かった。氷河から尾根に取り付く部分の懸垂氷河でザイル工作を必要とした程度で、尾根に出てからはひたすら長い雪稜を行く。最後のコルを過ぎて頂上へ取り付いた時に急にガスに巻かれてホワイトアウト。すぐ下を登ってくる後続隊の姿まで見えなくなり、急遽撤退。ちょっと慌てたのはこの時くらいか。先ほどのコルまで戻り、反対側の急斜面に回り込んで雪洞を掘ってビバーク。4000mのビバークは初めてだけど、正月の北アルプスの3000mビバークに比べると日照時間が長い分だけ助かる。うす暗くなるのは夜の10時位で、2時にはもう明るくなる。6月-7月なら本当に白夜が体験できるだろうけど、睡眠不足になってしまう。

翌朝はホワイトアウトが嘘のような快晴。さっさと全員(10人)登頂を果たしてその日のうちに無事ベースキャンプまで帰ってきた。と書くと淡々と歩いてきたようだが、実際はやはり頂上では大感激。おいおい泣き出すやつまで出てきた。いや~楽しかったですね。

帰りはまたまた氷河脇を2日かけて飛行機の着陸ポイントまで歩く。途中で、雪に覆われて見えない「ビドンクレバス」に落ちて、危うく...という場面もあったが、幸運にもザックが引っ掛かってセーフ。やはり山よりこういう平な所の方が気が緩んで危ない。当然ザイルでつながってはいるが、まともにクレバスに落ちれば無傷という訳にはいかない。

1日遅れで迎えの飛行機が来たときは嬉しかったな~。まあまさかここに取り残されることはないだろうが、悪天候で1日待たされただけに余計待ち遠しかった。

帰りは日数の許す分だけアラスカキャンプを楽しむべく、レンタカーで走り回ってきたが、全員真っ黒に日焼けしているので、だれも日本人だとは思ってくれない。そう言えばH氏なんて、その辺りにたむろしているエスキモーと全く同じ顔だ。考えてみると2週間以上も風呂に入ってないし、エスキモー氏より汚いことは確かだ。

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1975年

1975年になると、タイワンと韓国に行き来している。タイワン人とは、前年のアメリカ行きの際に、現地の会社で偶然会った人だ。彼は今でも古い友人としてタイワンに行く旅に訪問している仲だが、アメリカの片田舎(バーモント州)で出会った奇遇を語り合っている。

当時、タイワンも韓国の両国とも戒厳令可のあったと記憶している。しかし、タイワンでは戒厳令下であるという実感が全く感じられなかったのに対し、韓国の戒厳令はかなり厳しいものだった。夜の町に飲みに出かけても、12時前になるとソワソワしだし、タクシーの奪い合いが始まる。そして12時前にやっとホテルに滑り込みとなる。町の雰囲気や、話しをする相手の感じも対照的で、タイワンの明るさと比べると、どうしても開国の暗さが際だっていた。

当然ながら今では両国共戒厳令は無い。しかし12時過ぎても飲み続けるという事も無くなったから、自分自身にはあまり関係ない、とも言える。まあ平和が何より。

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1974年

1974年当時のエピソード、

当時はまだ外貨交換は自由化されておらず、ドルの持ち出しも制限されていた。(確か数百ドル)。それじゃとても足りないというので、B-1ビザを取った覚えがある。古いパスポートを見ると、外貨交換の履歴が書いてある。

アメリカ滞在中に、ジェトロや銀行の支店を尋ねて雑談したが、丁度当時自動車の自由化が始まる頃ったようで、「これで日本の自動車産業も終わりだな~」という話し相手の言葉を今でも鮮烈に覚えている。月日は巡り、誰がいまの状況を想像できただろう。そして20年後、30年後の日本を誰が想像できるだろう....

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2007年9月 3日 (月)

パスポート

海外旅行の話しが出たので、会社の机の中のパスポートを調べてみた。現在のパスポートは6冊目。一番古い奴をめくってみると、1973年4月発行になっている。初の海外旅行は1973年8月のアラスカ行き。会社の社長(現会長)家族と、現地でキャンピングカーをレンタルしての旅だった。そうか、これが最初の海外だったのか。しかし全くの個人旅行で、全員が海外初体験、まとものしゃべる人はいないのに、現地でキャンピングカーを借り出して、毎日スーパーで買い物しながらキャンプしてた。結構思い切ったことやったんだ。今のローラーの原点はここにあったのかぁ...(゚゜)バキッ ☆\(--;)

次の海外が1974年9月2日出発で10月8日帰国。まあ私の人生の半分くらいを決定付けたとも言えるアメリカ行きだった。ほぼ1ヶ月の間ニューユークに滞在し、そこから各地の会社巡り。売り込みのつもりが途中から技術導入の話しに。行かせる方も行かせる方なら、行く方も行く方、まあ無鉄砲といえば無鉄砲。そんな時代だった。あの1ヶ月が無ければ、今の会社もなく、私も全く違った人生を送ってきたことだろうな~。今振り返ってみると、あんなにゆったりした日々を過ごした事は、以後あまりない。次のアポが取れるまでは、朝はJALで新聞を読み、ジェトロで雑談、気が向けばメトロポリタン巡り。夜になると近所のタイムススクェア付近の怪しげな通りを探索したり...

今でも十分人生楽しんでいるつもりだけど、やっぱり感受性が違うのか。感動...なんて言葉が、だんだん言葉だけになってきてきる自分を感じる。いかんな~。

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